うちのままならない娘
ソファーのうえでうちの猫が丸くなっていた。
目を閉じて、すこしお腹を天井のほうへ向けている。
ゴロゴロとのどを鳴らす音も聞こえていた。
「あら? そこは暖かいですか? いいところを見つけましたね」
うちの猫を暖めるように、ソファーへ電気ヒーターが向けられている。
僕がちょうどいい環境を作って、キッチンでコーヒーを淹れているあいだに、うちの猫が占領してしまったのだ。
落ち着いて丸くなってしまっているので、もうソファーには座ることができない。
仕方なく、僕はソファーの前の床に座ることにした。
「その場所いいでしょう。ちょっとは寒さもやわらいできたんですけど、まだ冬ですからねー」
うちの猫の鼻に指を近づけると、目を閉じたまま、すんすんとにおいを嗅いでいた。
そして、あごをつき出して、のどを撫でやすい姿勢を作っていた。
「撫でて」の合図だ。
要求されるままに、指をちいさなのどにあてると、もうゴロゴロ音がしている。からだまでプルプルと震わせていた。
「あはは、幸せですねー」
うちの猫が喜ぶ姿に僕も嬉しくなって、思いきりのどを撫で回す。
ゴロゴロ。
撫で撫で。
ゴロゴロ。
撫で撫で。
たまらない、というようにからだをクネクネと動かして、うちの猫が僕の腕をガシッと前足で抱きしめた。
――えへへ。
僕は撫でるのに夢中になっていて、その行動の意味に気づくのが遅れてしまった。
うちの猫がカッと目を開いて、抱きしめた僕の腕を、勢いよく蹴り始めた。
「あああ、痛い! 痛いです!」
パッと腕を解放して、うちの猫が走り去る。
傷がついていないか確認しているあいだに、本棚の後ろのスペースに隠れてしまった。
「なんでこんなことするんですか……。急にテンションあがりすぎでしょう……」
本棚の後ろから「ふぅーん」という声が聞こえた。声の響きからして、悪いことをしたとは思っているらしい。
「そこは狭いですよ? よく入れましたね」
うちの猫が隠れたすき間をのぞいてみると、お尻だけが見えていた。狭すぎて、隠れているのか、はさまっているのかわからない。少なくとも方向転換はできないようだ。
「えっと……出られますか?」
と言うと、「ふぅーん」という返事だった。
――怒られると思って出てこないのか、出られないのか、どっちなんですか……。
しばらく待っても出てこない。
「ふぅーん」という鳴き声が聞こえるだけ。
すき間に手を伸ばしても、うちの猫のところまでは届かない。
それどころか、さらに奥へ進んでしまった。
――本当に出られなくなっちゃいますよ。大丈夫ですか?
仕方ないので、本棚の前にカリカリを置いてみることにした。
離れたところに隠れて待っていると、すき間から、うちの猫がうしろ向きでモゾモゾはい出してきた。
カリカリのにおいを嗅いで、鼻を鳴らして、毛繕いを始めている。
ホコリがついてしまったらしく、特に前足を念入りに舐めていた。
「……いきなりああいうのはやめてくださいね。あんなことしてたら、もう撫でてあげませんよ」
と言うと、うちの猫は鼻を鳴らしながら窓へ歩いていった。イライラしているようだ。反省よりも、ホコリがついたことへの不機嫌が上回っているらしい。
「もう……。うわっ、なんでいるんですか」
うちの猫のあとについて、窓の外を見ると、ドリフ猫がちょこんと座っていた。
僕の苦手な猫だ。この猫は勝手に入ってきてうちのなかを荒らしてしまう。
「ハア? 何?」
という顔で僕を見上げると、ドリフ猫は窓に近づいてきた。うちの猫も同じように家のなかから近づく。
二匹はちょこんと鼻をつき出して、窓越しにあいさつをしていた。
――えっ、ドリフ猫と仲がいいんですか? こんなのボスには絶対にしないあいさつですよね……。
さきほどまでの不機嫌そうな様子はない。
「ふぅんふぅん」と甘えた声を出していた。
――その猫はよくないですよ……。うちのなかを荒らした泥棒猫ですよ……。ボスのほうがまだ……いや、ボスもめざし泥棒でしたね……。うちの近所には泥棒しかいないんですか……。
「ふぅん、ふぅん」
といつまでも鳴いているので、仕方なく窓を開ける。
ドリフ猫が消えたほうに向かって、うちの猫がトコトコと歩いていった。
仲が良い猫がいるのは、いいことのはずなのだけど、相手がドリフ猫というのが僕を複雑な気分にさせていた。
――もし娘がいて、娘の連れてきた彼氏がチャラ男だったら、こんな気持ちなんでしょうか……。
複雑な気持ちを抱えたまま、僕はうちの猫のお尻を見送ってため息をついた。
うちの猫目次
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