シマシマシッポは気にしない
雨が降っていた。
嵐にも近い天気だ。
空は灰色で辺りは暗いし、強い風も吹いている。何より寒い。
――はあ、こんな時期に雨ですか……。まあ、雪になるよりはいいんですけど……。
とため息をついてしまう。
急いで帰ろうと早足になると、水溜まりに足を踏み入れて濡れてしまった。靴下までグチョグチョだ。足の先から、寒さが這い上がってくる。
――うーん、雨が降ると、だいたいこうなるんですよね。
僕の傘の差し方が悪いのか、歩き方が悪いのか。水溜まりがなくても、足元が濡れてしまうことが多い。
仕方がないので、そのまま歩き続ける。
――ようやく着きました……。
家の玄関が見えてきた。
ふと玄関脇の植木を見ると、根元にシマシマシッポが座っていた。雨に濡れているのに、じっとしている。濡れることを嫌がるはずの猫にしては、おかしな行動だ。
「あれっ、どうかしたんですか? こんなところにいると濡れちゃいますよ……というか、濡れてますよね?」
「ワオ?」
「大丈夫ですか? 動けないんですか?」
「アウ」
からだを触ってみても、特に異常はない。怪我をして動けないというわけではないようだ。
シマシマシッポはさほど雨を嫌がる様子もなく、特に何も考えていない表情で僕を見上げていた。
――この子はわりとこういうところがあるんですよね。マイペースというか、何も気にしていないというか。でも濡れても気にしないんですか……?
「とにかく、ここに、このまま座っていたら風邪ひいちゃいますよ。中に入りましょう」
「アオ」
「ストーブで乾かしてあげますからね」
「アオウ」
待っていましたとばかりに、ドアが開いたすき間にスルリと入りこむ姿を見て、ああ、家に入れてもらいたかったのかもしれないな、と思った。
ストーブの前に連れていくと、相変わらずシマシマシッポはきょとんとした顔をしていた。
「ストーブはすごいんですよ。ほらー、暖かいでしょう」
と抱き上げて、ストーブにあてていると、気持ちよくなってきたのか、「アウウ……」という声を出して大人しくなった。僕の膝の上にあごを乗せて、動かない。
――ついでに僕も乾かさないと……。
としばらくそうして座っていた。
「さて、コーヒーでも飲みましょうか」
すっかり乾いたので、シマシマシッポを床に降ろす。ちからが抜けてグニャグニャだった。されるがままで、そのまま床で横になっている。
「うーん、あー、小さいスプーンがないですねー」
コーヒーをかき混ぜるためのちいさなスプーンが見つからない。僕が頻繁にコーヒーを飲むせいか、こういうことは多い。使用済みのものを見つけて、いちおうキッチンで洗う。
「ふんふん。やっぱり寒い日にはコーヒーを飲むのが一番……おああ!」
僕の足のうらでグニャリという感触がした。
慌てて確認すると、シマシマシッポがすぐそばに座っている。長いシッポが、僕の足に向かって揺れていた。
「うわー! いまシッポを踏みましたよね!? ごめんなさい。痛かったですよね」
「アオウ?」
と特に騒ぐこともなく、平然としている。
「ん? あれ、完全に踏んだはずだと思ったんですが……」
「アオ」
「シッポだったから痛くなかったんですか……? うちの子なら激怒している場面なんですけど」
シマシマシッポは怒るわけでもなく、やっぱりきょとんとしている。シッポを踏まれても気にしないらしい。
「うーん? 僕も気をつけますけど、足元にいたら危ないんですよ」
「アウ」
と頭を撫でるとノドを鳴らしていた。
コーヒーを飲んで、またシマシマシッポを抱き上げる。
「さっき踏んじゃいましたからね。お詫びにナデナデしちゃいますよ!」
ひっくり返してあお向けにさせても、抵抗はない。顔を近づけると、ちょっと目をそらす。それだけだった。
「へへー、お腹をナデナデしちゃいますよ! ポッコリしてますねー。おデブですねー」
抵抗がないので調子に乗って、思い切り撫でまわす。シマシマシッポはときおり僕のおでこに肉球を当てていた。ただ当ててくるだけなので、嫌がっているのかどうか、わからない。気にしていないのかもしれない。
――まあ、こんなに撫でまわしたら嫌でしょうね。このくらいにしておきましょうか。
と楽しんでいると、シマシマシッポがビクンと飛び上がって、離れていった。
シマシマシッポは警戒するような姿勢をとっている。
あらら、さすがに怒っちゃいましたか、とシマシマシッポの視線の先をなんとなく確認すると、そこはリビングから廊下へ向かうドアだった。
わずかに開き、そのすき間からクリーム色が見えている。
それは頭を低く下げて、ちいさくうなりながら近づいてくる、うちの猫だった。
僕の目の前に座り、シッポで床をバンバン叩き始めた。
――うわー、めちゃくちゃ気にしてる……。シマシマシッポを撫でまわしていたのが、そんなに気に入らないんですね。自分はあんなことさせてくれないのに……。
うちの猫は完全にご機嫌斜めだ。僕の視界に入るように移動しながら、しかし触ることはできない距離で、そっぽを向いている。
「……あのー、かつお節、食べましょうか」
と秘密兵器を出しても、うちの猫はしばらくのあいだ、気にしたままだった。
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